防衛関係資料


 

懸賞論文「海上の安全保障」 防衛大臣賞

「有志連合」創出へ
状況に応じた枠組み必要

川口貴久氏(慶応大大学院)


 はじめに
 本論は、海洋と海洋安全保障を日本の国益とグローバルな公益の実現の場と捉え、これを維持・促進するための新しい海洋安全保障協力の形態、我が国の取組としての防衛省・自衛隊の役割を論じる。第一章では、海洋の2つの側面に着目する。第二章では、そのような海洋安全保障の維持と改善には多国間協力が必要であり、従来とは異なる形態の必要性を論じる。具体的には「有志連合型(coal-ition of the willing)」型アプローチの必要性と現在の展開について述べる。第三章では、この新しい協力のための防衛省・自衛隊の役割について考察していきたい。
 1 海洋の2つの側面
 海洋には2つの顔がある。海洋基本法第一条が指し示すように、1つは「我が国の社会経済及び国民生活の発展」を実現する場としての側面である。もう1つは「海洋と人類の共生への貢献」の場という側面である。つまり、海洋は国益とグローバルな公益の実現という双方の側面を有しているのである。
 海洋が国益実現の場であることは、古典より指摘されてきた。海洋交通・通商、資源の開発・確保(漁業資源や化石燃料、稀少金属)は海洋を通じて行われてきた。しかし同時に、海洋とその安全は公共財である。非競合性と非排他性を満たす純粋公共財ではないにせよ、海洋は準公共財、あるいはそれに相当する性質があると言える。1967年国連総会においてマルタ国連大使アーピド・パルドーは海洋を「人類の共同財産」として位置づける主張を展開し、徹底した現実主義者であるアルフレッド・T・マハンも海洋を「偉大な公路」「広大な公有地」と指摘した。このような認識から、オーシャン・ガバナンスの議論も発展した。
 もっとも国益とグローバルな公益は明確に峻別できず、互いに影響を与えているものである。海洋安全保障環境の維持・改善を通じたグローバルな公益の追求は、日本の国益にも還元されうる。平成16年12月閣議決定の『防衛大綱』で指摘された「国際安全保障環境の改善」はこの点を確認している。また、「国際協力活動の本来任務化」のロジックも、グローバルな公益が日本の安全保障環境を左右するという認識に基づくものである。つまり、海洋とその安全はグローバルな公益であり、日本の国益である。
 現在、海洋安全保障を脅威にさらす問題群が顕在化している。具体的には海賊行為、大量破壊兵器およびミサイル関連機器の拡散、麻薬や人身売買といった国際組織犯罪、大規模自然災害、環境破壊や資源開発などである。こうしたトランスナショナルな問題に日本単独で対処することは不可能であり、多国間協力が必要とされる。
 2 有志連合型のアプローチ
 日本は米国を始めとし、オーストラリアやインドと海洋安全保障協力を推進してきた。その協力は防衛協力だけでなく、テロ対策などの新しい分野にまで拡大している。しかし、従来の条約ベースの多国間アプローチでは上述の問題群を解決できない。というのは、パートナーが限定されるからである。条約や共同宣言に基づくパートナーに加え、個別具体的イッシューや危機状況に応じた流動的なパートナーが求められる。
 この意味で、従来とは異なるアプローチが海洋安全保障協力に求められている。その1つが有志連合型のアプローチである。有志連合とは、組織的・条約ベースの枠組みではなく、個々の状況に応じたアドホックな多国間枠組みである。正統性や規範を重視する従来の多国間アプローチとは異なり、有志連合は政策目標の達成度や実効性を価値基準とする「実効的多国間主義(effective mu-ltilateralism)」と言える。また、有志連合は「危機対応型の安全保障」としての側面も強い。 
 このアドホックな安全保障の具体的政策として、いくつかのセキュリティ・イニシアティヴが展開されている。「拡散に関する安全保障構想(Proliferation Security Initiative:PSI)」や「コンテナ・セキュリティ・イニシアティヴ(Container Security Initiative:CSI)」などである。PSIは大量破壊兵器・ミサイル・関連物資の拡散対抗を目的とした洋上での活動であり、CSIはコンテナを対象とする港湾での同様の活動である。
 より限定的な有志連合としては、2004年末に発生したスマトラ沖地震津波に対して、ブッシュ大統領が提案した「国際的有志連合」「コア・グループ」による救難・救援活動が挙げられよう。日本も国際緊急援助隊法の枠組みで自衛隊を派遣し、陸上・海上・航空自衛隊による初の統合運用が実践された。このような有志連合型の救援活動は東南アジア地域の安定に寄与し、米国の『国家安全保障戦略2006』で「既存の国際制度は果たすべき役割がある。しかし多くの場合、コアリッションは、特に短期的視点では、より迅速に創造的に反応できるであろう。例えば、2004年の津波支援として地域のコア・グループを動員した米国のリーダーシップは、第二波の国際的反応を引き起こした」として評価された。
 また、昨今顕在化しているソマリア沖での海賊・誘拐対策としても、有志連合型アプローチが期待されよう。このような急迫な問題に対しても、条約ベースでの協力体制を構築するには多くの時間がかかる。それゆえ、(もちろん日本を含め、)同問題に利害のある諸国のアドホックで自発的な協力が求められよう。
 3 防衛省・自衛隊の役割
 以上のような有志連合型の海洋安全保障協力を推進する上での防衛省・自衛隊の役割は次の3点に集約できる。第一に、政策目標の明示である。ドナルド・ラムズフェルドが指摘しているように「有志連合が課題を決定するのではなく、課題が有志連合を形成する」。「日本がどのような課題に対して参加するのか」、「その活動目的は何か」を今以上に具体化すべきである。「平和や安全」などの抽象的目的を掲げるのではなく、時には数値目標や期限などを明示して、活動内容や政策目標を具体化する必要がある。
 第二に、有志連合を創出する基盤の提供である。有志連合自体はアドホックな枠組みであるが、これは「無」から形成されるのではない。スマトラ沖地震・津波発生時、米統合軍・太平洋軍司令官を務めたトマス・ファーゴ退役海軍大将は、支援作戦の成功の要因を「常続的・習慣的な関係」が築かれていた点を指摘する。例えばその1つが、太平洋諸国31カ国(2007年10月時点、日本含む)の軍事作戦策定者からなるMPAT(Multinational Planning Augmentation Team)による活動である。これは、スマトラ沖地震・津波の救援活動を行う司令部を立ち上げ、多国間作戦を策定した。その際、MPATが特に注意を払っているのは、課題に対する即応性、相互運用性、作戦の効率性などである。これらを達成するために、MPATは定期的な会合や演習を開催し、1000頁に及ぶマニュアル「多国籍軍標準作業手続き(Multina-tional Force-Standing Operational Procedure)」の策定・見直しを行っている。このような活動に対して、これまで以上の主体的なコミットメントが必要である。
 第三に、第二の点と関連するが、既存の同盟諸国との関係強化である。そもそも有志連合と同盟は矛盾するものではない。インド洋上での海上阻止行動、スマトラ救援活動においても、有志連合の中核は同盟関係にある諸国である。従って、有志連合型の海洋安全保障協力を推進するにあたって、日米同盟等の二国間関係は相対的に低下するのではなく、ますます重要になる。既存の同盟関係の基盤が強化してこそ、有志連合型アプローチの効果も高められると言えよう。
 結びに代えて
 もっとも、このようなアドホックな協力が常に有効なわけではない。事実、PSIに関して、国務省次官補代理としてPSI形成に携わったマーク・フィッツパトリックが「米国中心の有志連合から、事務局機構を持つ国際機構化」を提唱している。また海洋環境保全や持続的な資源開発の分野にはアドホックな多国間協力は適切ではなく、長期的な相互拘束が必要であろう。問題領域、時間軸、地域に応じて、条約やフォーマルな国際組織を通じた協力とアドホックな協力を選択的に実施する必要がある。
 海洋安全保障環境の維持と改善、つまり国益とグローバルな公益の促進のためには、従来の海洋安全保障協力だけでは不十分であり、有志連合型の海洋安全保障協力が必要とされる。セキュリティ・イニシアティヴや危機対応型の活動等に対して、これまで以上に実効的に参加するために、防衛省・自衛隊は対応していくべきである。