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1970年代 ひとり立ちの時代へ
1972(昭和47)年5月15日の沖縄返還で航空自衛隊は南西航空混成団を新編して沖縄諸島の防空任務を米軍から引き継いだ。国産ジェット輸送機のC-1が運用を開始し、女性自衛官制度がスタートした。自衛隊機と全日空旅客機が空中衝突して墜落した雫石事故で航空自衛隊は世論の厳しい批判にさらされた。また、ソ連最新鋭戦闘機の強行着陸事案は防空体制の在り方に大きな教訓を残した。不安定な政局が続き、日中国交回復を果たした田中首相が金脈問題で失脚、石油ショックや深刻な公害が列島を覆ったのもこの時代だ。

1972年11月7日、第207飛行隊のF-104戦闘機が百里から那覇基地に移動、同月10日に第7航空団から臨時83航空隊に所属替えされた

ソ連の最新鋭戦闘機ミグ25が1976年9月6日、突然、日本の領空を侵犯して函館空港に強行着陸。パイロットのベレンコ中尉は米国に亡命

陸自から転官、航空自衛隊初の婦人自衛官になり新制服姿で白川航空幕僚長にあいさつする神部恵子1尉ら(1974年5月23日、空幕で)

国産初のジェット・エンジン搭載のC-1輸送機が完成、1973年12月14日、川崎重工岐阜工場で完成披露式が行われた
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